大判例

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前橋簡易裁判所 昭和40年(ハ)3号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕原告が、昭和三九年七月二八日午後六時一五分頃、前橋市下小出町地内国道一七号線上を、自転車にて通行中、被告会社の運転手四方田利一が運転する同社の大型貨物自動車に追突され、身体並に自転車に損傷を与えられたことは<証拠―中略>によつて明らかである。(中略)

原告は右実況見分後、被告が原告の勤務先に来たり原告を罵倒し、容易に退去しなかつたと主張し、更に同月一一日にも訪れて、同様に原告を罵倒して退去せず、原告に対し、その自由を侵害し名誉を傷つけたと主張するところである。

そこでこの点を検討するに、<証拠―省略>を総合すると次の事実を認めることが出来、この認定を左右するに足りる証拠は存しない。

(1) 実況見分の行なわれた昭和三九年一〇月九日の午後二時過頃、原告の勤務先である前橋市下小出町六八五番地所在の高橋製作所事務室において、原告が執務中のところへ、被告片山が示談交渉のため訪れたこと。この事務室は二間四方の広さで、高橋社長と、その妻、及び事務員二名が原告とともに在室していたこと。そこで被告片山は高橋社長と先ず示談の話を進めたが、原告は「運転手とは話をするが、今日まであやまりにも来ないお前なんかと話をするか」「社長、こんな奴と口をきくと損をする」といつて相手にしなかつたこと。そのうち被告片山は高橋に対し、「うちの車は轢逃げしたのではない。黒沢さんが悪いのだ。こんなわからない親父はない。黒沢を会社においてはためにならない。くびにした方が良い。」と述べたこと。これを聞いた原告が激怒して双方怒鳴りあいとなつたこと。「帰れ」「帰らんと不退去罪で訴えるぞ」と原告が怒鳴り、これに対し「訴えるなら訴えて見ろ」と被告片山が怒鳴り返していたこと。この状態が二〇分位続いて被告片山は引き上げたこと。

(2) その後、日曜日の一〇月一一日昼頃、右事務室で原告が事務員大田光子と執務中のところを、被告片山が再び訪れて示談を求めたこと。原告はこれに対し「運転手だけこい。お前なんかいいから帰れ、帰んな」と拒否したが、被告片山はこれにかまわず内に入つて原告と話を進めようとしたこと。しかし、原告はかたくなにこれを拒否し、そのうち原告の「帰れ」「不退去罪で訴える」、被告片山の「話のわからぬ奴だ」「物のわかるようにしてやる」と双方が大声で罵倒しあい論争となつたこと。原告は同室していた大田事務員に対し警察に電話するよう求めたが、同女が電話帳で番号を見つけていて容易に電話をかけなかつたので、直接近くの交番まで走つたこと。被告片山は原告が外に出て行くのを見て示談交渉をあきらめて帰つたこと。

(3) 一方運転手四方田と原告との間には、直接前記のとおりの示談が成立し、即日金員の授受がなされたこと。その後、同人は本件により罰金一万円に処せられたこと。

(4) 原告は年令六三才、高橋製作所勤務の会社員で月給一万五、〇〇〇円を受け、家族はないこと。被告会社は昭和一八年頃設立、資本金八一〇万円、従業員八〇名であること。被告片山は年令三五才、被告会社の専務取締役にあり事故係の職務を分担していること。

以上の事実関係によれば、原告と被告片山光一は本件交通事故に関する示談交渉にあたつて、感情上そごを生じ、感情のおもむくままに互に罵倒しあつたものと解される。しかして、不法行為の成立、特に違法性の有無については、単に行為者のみならず、被害者の行為、周囲の状況等各段の事情を斟酌して決すべきものといわれているところである。

しかして、交通事故にかかる所謂示談なるものであるが、これは交通事故によつて生じた物的、精神的損害を、金銭によつて補償し、双方円満に問題を解決するのを目的とする契約であつて、そこには契約自由の原則、当事者対等の原則の支配することは当然である。しかし、純粋の経済界における取引活動とは異なり、一方は加害者であり一方は被害者という特殊な身分関係を前提とする特質を有するものである以上、全く同一に論ずることは出来ない。民法の原則である信義誠実の原則が強力に働く分野であるととも、倫理的価値観の支配する分野なのである。従つて、加害者は誠意を示して被害者に謝罪し、その許しを得たうえで、金銭的解決を図るべきものであり、いやしくも全てが金銭で解決するものと考え、刑事責任の軽減を目的とし、或は自己経営の便利、経済力の保持のために、被害者に交渉を強い、高圧的手段によつて解決を図ろうとすることなどは到底認めることの出来ないところであり、かかる行為は違法性を持つものと考える。勿論、加害者といえども正当な自己の立場を主張し得ることは当然であるが、これはあくまでも謝罪の誠意に包まれてなさるべきものであり、その主張が双方対立する場合には、調停、その他各種の交通事故処理機関を利用し、正規のルートを経由して解決すべきで、仮にも双方の力関係によつて問題解決を図ることは許されないところである。

これを本件について考えるに、前記のとおり被害者である原告にも、頑固さ、挑発等多少非難さるべき点もなくはないが、被告片山は事件後二ケ月余も放置し、警察官の捜査にあたつても消極的であつたうえに、本件示談交渉にのみ急で原告の立場を考えず、自社と自己の立場を強調し、(同人は被告本人尋問において、「こんな簡単な事件は当事者の話し合いで解決すべきもので警察に届るのは非常識である。」「自動車を扱う会社は事故が多く、次から次へと早くかたずけないと困る。」旨を強調してはばからない。)、原告に対して暴言をはき、示談交渉を強要しているのであるから、その行為は違法性を有し、原告の自由と名誉を侵害したものであつて、原告は精神的苦痛を受けたものといわざるを得ない。しかして、被告片山は被告会社の使用人として、その担任行為である事故処理にあたり本件行為をなしたものであるから会社も亦その責に任ずべきものである。なお、二日にわたる行為は、包括して一個の不法行為を成立せしめるものと解する。

そうして、原告に対する慰藉料は、前記認定の各事実その他本件審理に現れた諸般の事情を考慮して、金五、〇〇〇円をもつて相当と認める。(大塚喜一)

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